親鸞会の卒業と「念仏の信心」のススメ

親鸞会からの卒業と、いろいろな入射角で浄土真宗の領解を取り上げるブログです

⑥感想を頂きました(その1)

 このブログを読んでいただいている方の中には親鸞会に何らかの関係がある、もしくは関心のある方もあるかとおもいます。
 多くの方に記事を読んでいただいておりますが、誠に有難うございます。
 感想をいただきましたのでいくつか紹介させていただきます。

 ある仏教学者の方から「特定派閥から別の派閥への批判、と読めてしまいます」と指摘をいただきました。
 自分自身では、ひとつの宗教組織から物理的だけでなく精神的にも抜けて呪縛から離れたなどと思っていましたが、客観的に見たなら本願寺派に移ってそこから親鸞会を批判している、ような状態にも見えるようです。

 しばらくこのことについて考えていましたが、自分自身のことを自分で観るのはとても難しいことだとおもいました。単に本願寺という宗教団体に移ったことを握ってしまい、宗派の業にとらわれている自分がいるように思われました。
 
  青春時代に自分が所属していた親鸞会へのノスタルジーのようなものが、いまだに自分の中に存在している、ということも感じました。
 過去の文脈や関係を切り離して、迷いなくありのままに自分自身を見るということは実に難しいことだと思いました。
 
 ある元幹部の方の感想に「親鸞会をやめても親鸞会に関するものは気持ち悪くて読めない」と言われました。

 確かに「否定している過去の自分も自分なのだ」という当たり前が受け入れられるようになるまで、自分自身長い年月がかかりました。
 
 しかしながらあの時代も阿弥陀仏のお育ての中にありました。
 あたりまえだろうと言われる方もあるかもしれませんが、それを受け入れるは簡単なことではありませんでした。

 元親鸞会真宗僧侶の方からは「信心決定したと思っているのではないか。それは20願ではないか」と教えていただきました。
 
 「18願か20願か」これは真宗の教義上、真か仮かを判別する重大な信疑決判ですので少し驚きましたが、「自分の心の変化を握るな」と心配して下さったのだとおもいました。
 後日、この僧侶の方に伺いましたところ「信心決定したと自分で思っているその思いが20願であって、誰かが20願という話では決してないです」と教えていただきました。重要なことを聞き間違えていたと感じました。

 別の元幹部会員の方から「言葉の言い回しが難しく、読んでも難しく理解できない」と指摘いただきました。
 それはそうかもしれません。
 なんのためにこのブログを書くのか整理する必要があるようにおもいました。
 
 他人の間違いを指摘するのは簡単ですが、真宗の教えや自分の領解を言語化するというのは実に難しいものだと感じました。
 その意味で自分は職業的な布教者などには向いていないということを思い知りました。
 
 しかしながら近代以降、仏教の教えは僧院を出ており、僧籍者だけが親鸞聖人の御教えを扱わせていただくものではなくなったとおもいます。
 
 親鸞聖人や蓮如上人の時代とは、言葉も文化もまったく異なる現代人の救いとなり得ることばや説き方、伝え方を追求するということは、親鸞会が残してくれたことであったようにもおもいます。
 
 かつて学術的に分からなかった歴史的事実がいくつも判明しています。そして時代や環境や技術も大きく変化しました。

 いまここにある「念仏の信心」や阿弥陀仏のお救いについて、でき得る限り確からし浄土真宗の教義解釈に基づきながら、現代人に受け入れられることばの模索を続けてみようと思いました。

 何度もこのブログを書くのはやめようと思いましたが、お念仏申す人生は「不虚作住持功徳」の働きの中にあるようです。